このページをご覧になっているあなたは、前立腺がんに何らかの関りがあるかたです。
それは、前立腺がんの疑いを持たれたり、前立腺がんと診断されて今から治療の選択をすべき人、すでに治療を開始されている人、あるいは治療を終えられてる人やそのご家族でしょう。
私はこのページを当院ホームページの中でも、特別な思いを込めて書きました。長い文章ですが、このページをご覧の全てのかたが、読み終わった後に少しでもよい影響を与えられることを願っています。
ネット上に多くの情報がある中で、私はここで前立腺がんの症状や病態についての詳しい記載はしません。
なぜならそれは皆さまがもう知っているか、容易に知ることができる情報だからです。
2014年の男性におけるがん罹患率(新たにがんと診断されること)*1では、前立腺がんは胃がん、肺がん、大腸がんに続いて第4位です。2020年には肺がんに次いで2番目の罹患数になることが予想されています。
死亡数もそれにつれて増加していますが、前立腺がんの死亡率は逆に減少傾向です。
それが意味することは、前立腺がんにかかってもがんを克服できる人、あるいはがんと共に生きられる人が増えているということです。
2019年4月に国立がん研究センターが発表した部位別臨床病期別5年生存率は、前立腺がんの病期Ⅲまでは100%(病期Ⅳは65.9%)です。総じて前立腺がんの進行は緩徐ですが、しかし一部の前立腺がんは進行して致死的になり得ると推定されます。
手術によってがんを摘出した人や放射線治療を受けた人は、その後の再発の有無を知るために、腫瘍マーカーである血清PSAを測定する必要があります。またホルモン治療を開始した人、ホルモン治療と放射線治療を併用している人、あるいは化学療法を受けられている人もがんの抑制を知るためにPSAを測定する必要があります。
これらの人の中には、定期的な画像検査(それはCT、MRIであったり核医学検査だったりします)を必要とします。
ほとんどの人が、最初にがんを疑われた施設から、精密検査(生検や画像検査)ができる施設へ移動して通院します。
それは治療中はもちろん、治療後も続きます。
多くの人はそれがよいと考えています。なぜなら大病院(日本では特にがん拠点病院)では充実した設備が揃い、がんの再発や体の異常をすぐに見つけてくれるとあなたは考えるからです。そして信頼できる担当医やスタッフがいるとも思うからです。そしてその考えは大体において正しいです。
しかし大病院にはそのような人がたくさん訪れます。その結果長い待ち時間が生じます。ひとつひとつの検査にも待ち時間があります。そしてあなたはやっと担当医に会いましたが、彼と話しができるのはほんの数分です。しかも多くの場合、検査結果の説明に多くの時間を取られます。
結果の説明はお互いにとって重要です。なぜならその内容があなたの病状を予測し今後の予定が決まるからです。
しかし残念なこともあります。それはあなたへの診察はほとんど行われないことです。日々担当医は多くの患者と会わなければならず、ひとりあたりの診察時間には限りがあります。
担当医はいつもひとりひとりを丁寧に診察したいと思っています。しかし彼らはそれができません。私もかつてはその立場でした。
病院の受診にかかる時間はあなたの大切な時間を減らします。あなたが元気であってもそうでなくても、時間は同じように減っていきます。
受診はあなたにとって、とても重要な時間ですがそれに多くの時間を割かれるのは、決してよいことではありません。なぜならもっと有意義な時間の使い方があるはずだからです。
ここに泌尿器科専門医クリニックとして私たちができることがあります。大病院と同じ注射薬や内服薬、それはホルモン治療薬をはじめ、新規ホルモン治療薬や化学療法薬を用いた外来通院加療ができます。
それらの治療は、元の病院からの紹介を経て開始もしくは継続されます。前担当医と私は連携を図ります。それはPSAの値の推移や画像検査についてです。時には紹介元の病院へ受診をお願いすることもあります。
つまりあなたは治療施設を変更しても、決して信頼している担当医と離れることはありません。さらに前立腺がんによる症状の悪化や治療の副作用などがある場合、私は紹介元へ診察や入院を求めることができます。
このような対応は当クリニックだけではなく、他の多くの泌尿器科専門医クリニックで可能です。しかしあまり知られてはいません。
大病院の担当医は診察時間中に紹介状を書く時間がありません。よって自らが地域のクリニックとの連携を提案することは少ないです。なぜならば紹介状を書くよりもあなたの診察を済ませることのほうが、その時間を早く切り抜けられるからです。もちろん、病状が不安定な人は、担当医自らが常に関わりたいと思っていることもあります。
今私がお伝えしたことが、もしもあなたに当てはまるのであれば、次に担当医に会った時に近くのクリニックで治療の継続が可能かを聞くことを勧めます。
この文章を読んだ後も、あなたはおそらく、担当医に病院の変更の話しを切り出すことを気兼ねするでしょう。しかしあなたの病状が落ち着いている場合は、担当医はあなたの意見に賛成してくれます。もちろん前立腺がんに限らず、他の泌尿器系がんについても、連携が可能であれば同様のことが言えます。
治療や薬の進歩により、がんを取り除けなくても生きられる時代、それはがんと共に生きる(そのような人をがんサバイバーともいう)時代とも言えるでしょう。そのような中で、私たちはあなたが今までと少しでも変わらぬ生活を送れるような支援や医療サービスを提供したいと考えています。長時間読んでいただきましてありがとうございました。このページが、あなたの意思決定の一助になれば幸いです。
*1 国立がん研究センターがん情報サービス
国立がん研究センターがん情報サービス 前立腺がん(外部リンク)へ
当院のホームページを訪れるかたで、前立腺がんの情報を探している人はとても多いです。ここに前立腺がんのすべてを取り上げることは難しいですが、今は監視療法について記します。
監視療法とは、手術や放射線治療などの根治治療ができる患者さんに対して、即時の治療が必要でない場合に、定期的な検査をしながら積極的な治療を先延ばしにする治療法です。それは、治療を先延ばすことにより、手術に伴う尿失禁や勃起不全などの合併症が起こる可能性を少しでも回避でき、それはあなたの生活の質(QOL)の向上に繋がります。監視療法中に癌が悪化すればその時点で積極的な治療を行い、治療に伴う合併症の発生を遅らせることができます。
もうひとつ、似たような治療法に待機療法があります。待機療法とは、高齢や合併症などの理由から、実際に血尿や排尿障害、疼痛などの癌症状が出てから治療を行う治療法です。ふたつの治療法の違いは、監視療法は根治治療が可能な早期癌患者が対象ですが、待機療法は転移のない限局性癌だけではなく、転移を有する癌も対象になります。
監視療法の日本での適応基準は、少し難しいことを列挙しますが、診断時PSAが10ng/ml以下、PSADensity(PSA濃度)が0.2ng/ml/㎤未満、臨床病期T1cもしくはT2、N0M0(転移のない限局性癌)、Greason Scoreは3+3=6以下、生検の陽性検体本数は2本以下です。
監視療法中はPSA測定は3か月ごと、直腸診は6か月ごと、前立腺の再生検を1、4、7、10年目に実施。Greason Scoreの増加、がん陽性検体本数の増加や臨床病期の進行があれば、積極的治療を考えます。
国際多施設共同研究では、積極的は監視療法を受けた5032人のうち、10年間で前立腺がんで亡くなった人は1人(5032人には途中で積極的な治療に移行した人も含まれる)*1でした。つまり、監視療法や待機療法は、不要はがん治療を減らして、あなたに起こるかもしれない治療による合併症を避け、普通の日常生活を少しでも長く過ごしてもらう、そして本当に治療の必要ながんだけを必要な時期に治療する方法です。
米国では監視療法は、早期前立腺がんの標準治療法として確立されており、それを選択する患者数は年々増えています。日本でも監視療法が導入されて10年が経過しました。
ここであなたは、がんがあるのに何も治療をしないで様子だけを見る、という方法に大きな不安を感じると思います。また、あなたが納得しても、あなたの家族が不安に思うかもしれません。しかし、私たちは監視療法をわかりやすく丁寧に説明することで、あなたと周りの人たちの不安を取り除くように努力します。それは多くの患者が訪れる外来診療中ではなかなか難しいことではありますが、病気と治療の内容をよく知ってもらうことは安心して暮らすための大前提です。
今日、他のがん治療と少し違ったこの監視療法をあなたに知ってもらうことが、あなたにとってよい影響になることを願います。
*1 Bokhorst LP,et al. Eur Urol. 2016 ; 70 : 954-60
2021/3/21